大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(う)1527号 判決

被告人 林幹雄

〔抄 録〕

まず、職権で、原判決を検討すると、原判決は、罪となるべき事実として、被告人は、原判示の日時・場所において、原判示の自動車を運転し、毎時約四〇キロメートルの速度で進行中、「左側道路外から後退中の普通乗用自動車を誘導している越川嘉一(当時五五年)が道路左端から約〇・八メートルの地点の車道上に後ろ向きのまま進出しているのを約三四メートル前方に認め、同人が被告人運転の自動車に気付かず、さらに後退して被告人の進路上に進出してくることが予想されたので、このような場合、自動車運転者としては、警音器を鳴らし、自車の接近を知らせ、同人が自車の進路に進出しないことを確認して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同人が自車の接近に気付いて立止まってくれるものと軽信し、警笛を鳴らして自車の接近を知らせることをせず、同人が自己の進路に進出しないことを確認しないまま、漫然毎時約三五キロメートルの速度に減じただけで進行した過失により、」本件衝突事故を生ぜしめた旨認定したうえ、「有罪理由の補足」の項において、検察官が起訴状(訴因変更後のものを含む)のなかで注意義務として掲げた減速徐行、警笛吹鳴、動静注視のうち、動静注視義務については、被告人車の制動距離を残した手前で被害者が被告人の進路上に進出し、被告人が制動措置をとって結果を回避することが可能であったことが確定できないので、これを本件の注意義務として課しえず、また、減速徐行義務については、直ちに減速徐行しなくとも警音器を鳴らし自車の接近を知らせる措置をとれば十分結果回避が可能であったので、これも本件の注意義務として課することができない旨補足説明を加えている。しかしながら、原判決挙示の関係証拠によると、被告人は本件衝突事故地点の約三四メートル前方に至った際、左側道路外施設から後退中の石井一三運転のマイクロバスを誘導し歩道から車道に進出した被害者が、車道左端から約〇・八メートル離れた車道外側線上付近で石井運転車両の方に顔を向け、右手を前後に振って後退合図をし、被告人車両の方は全く見ていなかったのを認めたというのであり、そして原判決もこのような状況を前提として、被害者が被告人運転の自動車に気付かず、更に後退して被告人の進路上に進出してくることが予想されたことを肯認しているのであるから、このような場合、自動車運転者が安全確認及び危険防止の措置として、あらかじめ減速又は徐行の措置を採るとともに、引続き相手方の動静に十分留意して進行すべきであることは、これが単に正規の運転方法に適合するばかりか、後叙のように被害者を発見した時点での自車と被害者間の距離関係、自車の走行速度等を勘案すると、双方を遵守することによってはじめて確実に事故を防ぐことができる関係にあると考えられるのであるから、減速徐行と動静注視は必ずしも相排斥するものではなく、むしろ運転者が同時に併せて遵守すべき注意義務であるというべきであり、他方、警音器の吹鳴は、道路交通法が「危険を防止するためやむを得ないとき」以外はこれを禁止する旨規定(同法五四条二項)している趣旨にかんがみると、他の手段によっては事故発生の回避が困難と認められるときの緊急補完的な措置とみるべきである。原判決は被害者が被告人の進路に進出した時点で被告人車両が制動距離を残した手前の地点にあたったことが証拠上確定し難いとの理由で動静注視義務を否定する。なるほど、原判決挙示の関係証拠によると、被告人が本件衝突事故地点の約三四メートル手前(昭和五七年五月二〇日付実況見分調書添付の交通事故現場見取図<1>′点)で前叙の状況下にある被害者を左側車道外側線上付近(同見取図<ア>点)に認めながら、同人の方で気付いてくれると安易に考え、その後毎時約三五キロメートルに減速しただけで同人の動静注視不十分のまま進行し、前方約六メートルの地点(同見取図<2>点)に迫って同人が車道に背を向けたまま更に自車の進路に進出しているのを発見したというものであって、被告人が動静注視を怠っていた本件では、被害者が更に後退した時点において被告人車両が制動距離の内外いずれにあったかは、それ自体を厳密にみれば確定しえないであろう。しかし、前記<1>′点と<ア>点との距離は約三四メートルにすぎず、被告人車両の当時の速度を考慮に入れると、本件においては、この点は全く一瞬の差にすぎず、動静を注視していてもなお確実に衝突が避けられらい蓋然性がある一方、動静を注視していれば衝突が避けられたか又は衝突は避けられないまでもより軽い事故にとどまっていた蓋然性があるのであるから、このような関係にある以上、減速徐行と動静注視は運転者が同時に併せて遵守すべき一個の注意義務というべきであり、しかもこれが本件の中核をなす注意義務とみるべきである。確かに、被害者は、被告人車の進路上に進入しようとするマイクロバスの安全を確保するため車外にあってこれを誘導していた者であり、その行為が法令上の根拠に基づくものでなくとも、その任務の内容にかんがみれば、まずもって接近しつつあった被告人車の方向を注視し、車両の有無及び動静を確認すべきことは当然であるから、被告人において自車の接近を知らせるため警音器を鳴らしさえすれば被害者がこれに気付き避譲措置に出ることは容易であり、したがって結果回避の蓋然性の高いことは首肯しうるところであるが、そうだからといって、被告人としてはただ警音器を吹鳴して進行すれば足り、被害者においてあえて自車の進路上に進出することのありうることまで予想して万全の措置を講ずべき注意義務はないとすることはできない。原判決は、この点を考慮してか、警音器を吹鳴したうえ、被害者が「自車の進路に進出しないことを確認して進行すべき」ものとしているが、その趣旨とするところは必ずしも明確ではなく、あるいは、状況上、被告人において警音器を鳴らせば被害者においてこれに気付かないはずはなく、従前の速度を維持したまま進行しても十分結果発生が回避されるであろうことを前提とするものであれば、これはいささか独断のそしりは免れないし、また、被害者の反応を確認するためには、警音器吹鳴後の動静注視を不可欠とするほか、被告人車の走行速度、同車と被害者との距離関係等に徴し、減速徐行することなしには目的を達し難いことを考えると、右判示部分は、減速徐行義務、動静注視義務を否定する原判断と矛盾することになるともいわざるをえない。

してみると、被告人に対して警音器の吹鳴義務のみを課して原判示の過失の成立を認定した原判決には、理由不備若しくは理由そごの違法があり、かつ、事実を誤認したものというべく、原判決は、この点において到底破棄を免れない。

(寺澤 荒木 尾崎)

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